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 mixiでは日記を書いたけどこちらではまだだったので念のため書いておきます。
 上月兎会とその家族は、なんら怪我もなく無事でおります。ご安心ください。

 地震発生当時は千葉県内の職場にいました。揺れによって背丈よりもある棚が倒れたりしたけど、けが人も特にいなかったよう。
 ただ、県内に自宅がある職員がほとんどにも拘らず、交通網の麻痺で帰宅難民者が多く出て、職場に泊まった人もちらほらいたみたい。かくいう私も電車が動いていない&歩いたら相当の距離&次の日も仕事だったため、寮に住んでいる子に泊めてもらうことにしました。
 次の日はたまたま自分は半勤だったため、お昼過ぎに帰宅。でも案の定電車はダイヤが大幅に乱れていて、家までいつもの3倍近い時間がかかった。疲れました。でも止むを得ない。
 自宅マンションは、エントランスのタイルがずれて浮き上がっていたり、廊下の手すりが歪んでいたりしました。家の中もめちゃくちゃで、それでも一晩でずいぶん片付いた、と母。曰く、冷蔵庫の中身は全部飛び出し、食器棚も手前にある(=よく使う)ものは落ちて割れたとのこと。レンジとトースター用の棚は倒れたままになっていました。
 自分の部屋もめちゃくちゃで、棚の上のものは全部落ち、本棚の中身も一部散乱、棚に置いていた鉢植えは落ちて土が散らばり陶器の受け皿が割れて破片が飛び散り、足の踏み場がない、何がどこにあるのか分からない状態。ベッドの上が無事だったのが幸い。

 ……だけど、それが「被害」とはいえないほど、自分は「被災者」だと言うのが憚られるほど、テレビに映し出される被害は深刻で、何を感じていいのかわからなくなる。目の前で家が流される気持ちって、家族の安否がわからないって、どんな気持ちなんだろう。
 ほんのちょっと、本当にほんのちょっとだけど、戦争や災害で自分だけが生き残った人がくちにする「生き残ってしまったのが申し訳ない」っていうのがわかった気がする。本当に、ちょっとだけ。

 昨日は部屋の片づけをして、といっても散乱したものをダンボールに入れただけだけど、今日はたまたま休みだったので母といろんなものの買出し。水やレトルト食品、缶詰は既にまったくと言って良いほど売り切れで、トイレットペーパー、ティッシュペーパーも品薄。
 今後のことを考えながら、だいぶ気持ちは落ち着いてきたけど、いったいいつまで不安を抱えながら生活していくんだろう、と思う。余震の不安、停電の懸念、水が止まるかもしれない、生活用品や食料品がスーパーに並ばなくなるかもしれない、そんなのが、どれだけ続くんだろう。
 被災地のことを考えながら、自分の生活も送る必要がある。たくさんの遺体が見つかっている横で、うちの今日のご飯はなんだろうと思う。
 私にできることはなんだろう。
 と、考えながら、自分の生活に戻っていくんだ。
 同じ空の下に、家を、家族を、住みなれた町を失った人たちがいるというのに。


 私にできることはなんだろう。

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