忍者ブログ
伝えたいこと。湧き上がってくるもの。
[237]  [236]  [235]  [234]  [233]  [232]  [231]  [230]  [229]  [228]  [227
DSC_0113.jpg

 どうも、ご無沙汰しております。
 一人暮らしを始めてはや2ヶ月です。ってことは、最後の投稿からもそれ以上たっているってことですな。面目ない。いや、っていうかもうこれがデフォルトか??
 お昼に菓子パン総菜パンばかり食べてるからか(だって安いんだもん)、夜に食べる時間が遅いからか、完全なるデスクワークをしているからか、どうも顔が丸くなってきたようです。いかんいかん。早いうちに手を打たねば。

 新しい生活にもだいぶ慣れて、日々のリズムも何となくできてきて、部屋にもちょっと愛着がわき始めた今日この頃。
 でもやっぱり、想像通り大変なこともいっぱいあって、昼間に仕事に行って夜は学校、帰ったらご飯を適当に作って食べてシャワーを浴びて寝て、すぐにまた朝……、というリズムの中で、なんだか毎日めそめそしている気がします。
 本当にこの道は正しかったのか。
 両親を置き去りにして、家を出たのは正解だったのか。
 これからどうやって食べていくのか。
 そもそもどうして写真を選んだったけか。
 そんな思いを抱えながら毎日をどうにかこうにか送っているうちに、どんどん気持ちが固く縮こまってきてきているのを感じます。折れないように、負けないように。自分の力で超えていけるように。
 だけど、そんなんじゃ、撮れるものも撮れないよねえ。
 自分の身を守ることだけを意識していたんじゃ、目の前の光なんて捉えられないよね。
 で、また、一人暮らしなんて無理だったんじゃないか……、以下略、エンドレス。
 まったく、端から見たら滑稽だよな。


 でも、ね、そんななかで。
 この前、「禅語」という本をぱらりと見返してみて、ふと思った。
 写真は、あくまで手段なのかもしれない。
 写真を撮ること、機材をそろえること、技術を身につけること、それらはあくまでも手段であって目的ではないのかもしれないと。
 そう思ったとき、妙に腑に落ちた感じがした。
 文章を書いたり、歌をうたったり、と一緒の枠の中に、写真を撮るという行為が存在するのだとしたら。
 うたうように、詩を書くように、写真を撮ればいいのかもしれない。
 知識や技巧は確かに役には立つけど、写真を撮る「核」になるものは、表現したい、という衝動なんだろう。
 考えてみればごくごく当たり前のこと。だけどすっかり忘れていたこと。

 うたうように、詩を書くように、写真を撮る。

 これができたら、きっと気持ちが楽になるよな。
 もっと写真を好きになれるような気がする。
 だって私、もともと文章書きだったわけだし。
 文章を書くことの延長線上か、あるいはごく近い場所に写真を撮るということが位置していると考えれば。
 なんだ、そんなに難しいことじゃないじゃない。

 もちろん、写真を仕事にするならそんなのんきなことも言ってらんないよ。
 「作品」じゃなく「商品」を提供しなきゃ。
 でも、なら、心の中できっぱりと線引きをすればいい。 
 今撮ろうとしているのは何のため? 誰のため? って。


 なんだか、ぼんやりとそういうことが見えてきて、めそめそは相変わらずだけどそれなりにがんばってます。
 ブログを書くのも表現することだからね。自分の中のことを見える形にする、ってことだから。
 文章を書くことで、思いの輪郭がはっきりしてくるだろうから。
 久しぶりすぎてたぶん文章がおかしいけど、書いているうちにだんだん思い出していけるといいな。
 なので、これからはマメに更新できるよう心がけます。
 うん、まあとりあえず心がけるだけは(笑)。

拍手

PR
Comment
name 
title 
color 
mail 
URL
comment 
pass    Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
コメントの修正にはpasswordが必要です。任意の英数字を入力して下さい。
最新記事
プロフィール
HN:
KANA
性別:
非公開
自己紹介:
日本写真芸術専門学校在籍。
主な使用カメラ:NIKON U2 , NIKON D7000 , HASSELBLAD 503cx
植物と光と陰を撮るのが好きです。
フリーエリア
Template by Crow's nest 忍者ブログ [PR]